ones-house 補足と感想と考察と雑記

Ones House についての、説明補足と、やっていての感想です

後継3

書きながら自分の頭も整理しているので、
読んでいる方には煩わしい事と思いますが、
引き継いでもらいたいのは、
西脇の写真を撮ること、及びそれを発表する、
そしてその形式は個展で、
そう言った中、楽しんで自由に見てもらえればと、
観る人に促していく、
と言った所でしょうか。
まぁ、
自分自身がそれを出来ているのかは、
まだまだ疑問の部分が多いですが。

あと、知り合いとやり取りする中で、
何故人が多く集まる都市部ではなく西脇で、
要は地産地消の形を写真において用いるのかも、
ふと考えたので、そのことについて。

写真の役割として伝達と記録というものがあると思うのですが、
曖昧となっている(または無意識下の)記憶を呼び覚ます、
と言う面をこの頃感じます。

きっかけとしては、
よく行くコーヒー屋さんと話す中で、
部屋の整理等をしていた時に、
昔の写真が出てくると、
写真の場合、見始めると止まらなくなると言っていました。
ふとそれは何故かを考えた時、
写真を見ている時、写っている物はもとより、
それに関連づいた部分も思い出させるなぁと。
”この時は暑かった”
”こんなエピソードがあった”
”この時写っていた人はその後どうなった”
なぞ、
写真の上に具体的に写っているからこそ、
その関連した部分の記憶と言うものも、
呼び覚ましやすいのかなぁと。
つまりは、
写真と言う媒体をきっかけに忘れていた記憶が思い出され、
言わば、思い出としてその記憶は再構築される、
記憶の更新が成されていくのではないかと考えた訳です。

写真に写った状況を知っている人同士が、
個人的に写真を観る場合はそこまでに留まるのですが、
これが公に向けて発表がなされるとき、
それは住む人々と共有した思い出として、
記憶を更新していくことに繋がるのかと。
実際自分の撮影した写真をコーヒー屋さんに見せる中で、
自分の知らないことも教えてもらったりもしてましたし、
見る人それぞれに思い出すものと言うのは異なるのでしょう。
ある種そう言ったものが総体として、
街の記憶を形成していくのではないかと。

実際段々と人は忘れていってしまうものですから、
大きな事件、地震や水害、
あとは戦争など終戦の日等に要所要所でマスコミでも特集されています。

ただ、淡々と過ぎて行く中、
特に事件としてある訳でもない日常及び街の風景は、
緩やかにいつの間にか忘れていくのではないかと。
漠然と思い出そうにも、漠然としているが故、
思い出すのも中々難しいのかと思いますし、
思い出されないことには次第に記憶からも風化していくのだと思います。
そう言った中これまでの街の風景を思い起こさせる、
その更新媒体なりきっかけとして、
写真の発表が機能していけたら良いなと。
その為にはその街を撮り、
その街で発表していくのが望ましいのではないかなと思う訳です。

また、
どの街にもそう言った機能(行為・発表)が継続されていくことが、
理想としてある訳ですね。過去に縛られる必要は無いのですが、
やはり継承していって貰いたいと言う面もありますし。

写真を撮る上において、
桜や何らかの行事・風物詩といったものはそれはそれで大切だし、
それも継続していく中で、
その脇にこぼれるものを、
どう留めて行くかと言うことなのかもしれません。
桜が咲き夏が来て稲穂が実り冬を迎えまた春が来る。
その間々にも絶え間なく街の情景と言うものは存在しているのですから。
写真で全てを記録するということではなく、
(土台それには無理があると思うので)
写真を通し住む人の中で街の記憶と言うものを留めていく。
その為に、
やはり撮るのとあわせてその土地で発表することが必要なのかと思います



後継4に続く